ぼくは歴史が好きで、たまに「歴史街道」という雑誌を購読しています。
未来を知りたければ、
歴史に学べ。
そんな言葉があります。
本棚を漁っていたら、いや〜〜、もう何年も前に買った雑誌が出てきました。
2020年7月号です。
なぜこれを手に取ったかというと、付箋が貼ってあったからです。
そのページを開きました。
「一時の利害に拘(こだわ)りて、久遠(くおん)の利害を察せず」
その言葉を読んだ瞬間、あの当時の記憶が蘇りました。
そう、6年前のあの頃、ぼくは徒手空拳でした。
手元にあったのは、一枚の絵だけ。

それでもぼくは、嘯いていました。
「箱の中に,様々なモノをみんなの好みで配置して,いろいろ試せる!」
言志四録
その雑誌では、佐藤一斎の『言志四録』について、西郷隆盛・吉田松陰・坂本龍馬など幕末の志士たちがその教えに学び、あまたの人々の心の支えになったものとして紹介されていました。
その解説が、とてもよかったのです。
今、自分が懸命にやりたいと思えることがあるならば、周りにどう言われようと、今はカネにならないことだろうと、それに打ち込むのが正しい。そもそも『物事の価値』などというものは、変わるものである。今の自分の行為を、周りに「無駄だ」と言われたとしても、そんな評価は絶対のものではない。将来には大きな価値となるかもしれない。そう信じられれば、懸命に何かに打ち込む今の自分を、堂々と肯定できる。
――『歴史街道』2020年7月号 p.79、PHP研究所発行
涙が出そうになりました。あの当時。
2026年6月25日。
あの当時のぼくには、なんもありませんでした。
ただ、あの絵を実現したくて、週末になると、Unityを触ったり、ROS連携を試したり、とにかく思いつくままに色々とやっていました。
この技術は、きっと何かの役に立つはずだ。
そんな思いと、あの箱庭の大きな夢を実現したいという、それだけの思いでやっていました。
今日、あの言葉をもう一度読み、あの当時の自分と今の自分を、少し重ねてみました。
今の課題は、端的に言うと、「事業化」です。
でもね。
あの当時の課題は、「なにもない」ことでした。
でも、それが楽しかった。
「なにもない」とき、なぜ手を止めずにいられたか。
ふと、それを考え始めました。
たぶん、売上も、評価も、実績も、何もなかったからこそ、自由だったのだと思います。
誰かに求められて作っていたわけではありません。
納期があったわけでもありません。
ただ、自分の中にある
「こういう世界があったら面白い」
という感覚だけを頼りに、週末ごとに手を動かしていました。
いま思えば、それはとても贅沢な時間でした。
箱庭WGは、2019年にできました。
とにかく、楽しいことをやりたい。
ただそれだけで、突き進んでいました。
みんなで福井に集まって、
「HPを作ろう!」
「プロトタイプを作ろう!」
そんなことを話していました。
本当に、勢いがありました。
いや、箱庭のコア技術なんて、あの当時はまだ、なんもありませんでした。
本当に。
あったのは、無謀な楽しさだけでした。
箱庭ラボは、2023年にできました。
平鍋さんから、
「箱庭ラボで箱庭をやりませんか。」
と言われました。
それから、3年間。走り続けました。
万博という大きな目標を見据えながら、牧野さんと一緒に箱庭ドローンシミュレータを作りました。
その一方で、箱庭のコア技術も少しずつ磨いていきました。
時間同期。
PDU。
外部プログラムとの接続。
リアルとバーチャルをつなぐ仕組み。
そして、さまざまなシミュレータやプログラムをつなぎ合わせる「シミュレーションハブ」という概念。
箱庭のコアは、この頃から少しずつ形になっていきました。
最初は勢いだけだった箱庭も、少しずつ技術的な土台を持つようになりました。
周辺のエコシステムも整えながら、ようやく今の形にたどり着きました。
今では、箱庭を一緒に活用し、事業として育てていこうという仲間も出てきました。
確率で言うと。
スタートアップ企業が10年後に事業として成功している確率は、決して高くないと言われています。
成功の定義にもよりますが、10%以下と語られることもあります。
「10%以下か……。厳しいな」
ここ最近、よくそう思います。
でも、今日ふと思いました。
一枚の絵しかなかった箱庭が、8年かけてここまで来る確率は、果たしてどれくらいだったのだろうか、と。
AIに、こう聞いてみました。
「あの一枚の絵から、今の箱庭ラボの状態に至る確率を見積もってください」
そしたら、
「せっかくなので、生真面目にフェルミ推定してみます。」
と返ってきました。

もちろん、これは厳密な統計ではありません。
でも、考え方としては面白いものでした。
一枚のコンセプト絵から始まり、試作に着手し、5年間独力で継続し、TOPPERSの公式WGとなり、親会社が子会社を設立し、分かりやすい応用を見つけ、商用ライセンス化に至る。
その確率を掛け合わせると、総合でおよそ0.001%。
つまり、10万分の1くらいの出来事ではないか、という見積もりでした。
そんな低いんかい!
めっちゃ笑いました。
いやーーー。
奇跡ですね。ほんとうに。
でも、そう思うと、少しだけ気持ちが楽になりました。
ここまで登ってきた山は、決して低い山ではなかったのだと思います。
一息ついて、その先にある山を見たとき。
これまで積み上げてきたもの。
一緒にやってきた仲間との絆。
手を止めずに作り続けてきた時間。
そういうものが、確かに今の箱庭にはあります。
だったら、その先にある山も、登れないわけではないのかもしれない。
そんなふうに思えました。
ほんと、楽観的でごめんなさい。
一瞬、一瞬が、未来をきめる。
ここまで確率論のように書いてきました。
でも、ぼくの中では、たぶん少し違います。
一瞬、一瞬が、勝負でした。
「あ、それだ!」
そう思った瞬間に、やるしかない。
行動する。
試す。
人に話す。
巻き込む。
その繰り返しでした。
あとから見れば、確率の話に見えるかもしれません。
でも実際には、一つひとつの行動が、次の可能性を少しずつ変えていったのだと思います。
それは、単なる確率ではなく、条件付き確率なのかもしれません。
何かをやったから、次の可能性が生まれる。
誰かに話したから、次の出会いが生まれる。
動くものを作ったから、次の理解が生まれる。
ぼくは不器用だから、そうやるしかできません。
でも、たぶん箱庭は、そうやってここまで来たような気がします。
久遠の利害とは
ぼくなりに言いますと、
「わくわくすること、楽しいこと」
なのかもしれません。
それがなきゃ、続けられませんから。
確率も、ANDでつないでなんぼじゃないですか。
おしまい。

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