ぼくは、毎週、平鍋さんと打ち合わせするために、歩いて、会社まで行きます。
途中、公園があります。
この時期、その公園を歩いていると、小さな蟻が一生懸命歩いています。
それを見ながら、なるべく踏まないように歩いています。
あたり前のに思えることの大切さ。
アジャイル界隈では、平鍋さんは本当に大きな存在ですよね。
そんな方が、僕のようなもののために、毎週2時間の枠を開けてくれている。
平鍋さんは、僕にとってとても大きな存在です。
箱庭ラボができたのは、平鍋さんのおかげだと思っています。
・・・正直、いまでも不思議です。
でも、ぼくがそこで話すことといえば、
「趣味の話ばっかし。」
もっと、
「売上はこうなります」
「この市場を取りに行きます」
「この案件が決まりそうです」
みたいな話をしたい。
でも、そんなネタもなく。
(もうしわけない!
いつもくじけてます。
最近、箱庭ラボを3年近く続けてきて、よく考えます。
箱庭ラボって、どうなったんだろう。
ぼくが、いちばん怖いのは、
結局、ぼくのひとりよがりなんじゃないのか。
スター数が少ないリポジトリが、いつか誰にも見られないまま忘れられていくんじゃないか。
自分が大事だと思って積み上げてきたものが、世の中から見れば、ただの変なものだったんじゃないか。
そう考えると、本当に心が砕け散っていくような気持ちに襲われます。
いや、ほんとうに、こわいですよ。この感じ。わかります?
期待してくれた人にも、自分にも、本当にもうしわけなく。
ほんとうに。
学生の頃もそうでした。
大学の研究室で、
研究室にこもって、
一人でプログラムを書いて、
論文読んで、
あーでも、こーでもないと。かんがえて。
考えて。
考えて。
でも、出口が見えない。
だから、帰り道、遠回りして、足羽川のほとりを、気が済むまでとにかく歩く。
そんなことやってました。
あきらめました。
ぼくは、研究室で生きていくことをやめました。
だって、これでは食っていけないから。
だから、社会人になって、普通にお給料もらって、
サラリーマンとして生きていくことに喜びを得ようとしました。
でもね。
最近、本当に思うのは。
「逃げてましたね。」
もちろん、そこで生きてきたことに意味はあると思います。
でも、逃げてました。
いま、同じことで迷っているような気がして。
あの当時、ぼくが考えたアイディアとか研究は、だれも引き継いでいません。
かなり特殊なアイディアだったし。
つまり、最近、本当に思うのは、
自分で考えたものは、
自分が責任持って、
社会に届ける。
そこまでやり抜かなきゃならんのだと。
この歳になって、本当にそう思うようになりました。
今日はPX4のソースを調べてました。
そこでも、現代の制御工学の凄みを知ることができました。
まだまだ学ぶべきことは多い。
まだまだ、やらないといけないことが多い。
おおすぎる。
くじけそうになりました。
ぼくがやっていることなんて、正直、自分一人でやれる範囲のことです。
でも、それは「存在価値がない」と同じではないと。
箱庭ラボは、巨大な総合シミュレータ企業として勝つことではないと思うのです。
いや、そんなこと、はなからできませんから。
そうではなく。
大事なのは、「箱庭ラボ、さらには自分自身は小さい」ことを否定しないことだと思います。
小さい。
非力。
全部はできない。
なんなら、制御工学も専門家ではない。
営業組織もない。
でも、目の前の一点を選んで、そこに異常に深く刺すことはできる。
そこ、困っていますよね?
実機で試すには怖い。
制御を変えるには怖い。
通信を変えるには怖い。
現場で失敗するには、あまりにも重い。
なら、その一歩手前で、ほんの一瞬でもいいから、失敗できる場所を作れないか。
大きな世界を一気に変えることではない。
目の前の誰かが抱えている「怖さ」を、ひとつだけ減らすこと。
箱庭ラボがやるべきことは、たぶんそこなんではないかと。
小さいからこそ、そこに深く刺しこむ。
非力だからこそ、全部ではなく一点を選ぶ。
そして、自分で考えたものを、自分の責任で、社会に届ける。
箱庭は、まだ小さいです。
箱庭ラボも、ぼくも、まだまだ小さいです。
しょっちゅうくじけています。
でも、今日も少しだけ、前に進んだ気がします。
目の前にある、
『自分にできること』
それをやる。
あの小さな蟻が、ただ一生懸命に歩くように。
そんな僕が、今日作ったものはこれです。

いつか、だれかの役に立つと夢想しながら。勝手に。
おしまい。

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