🛠箱庭ラボ日記──2026年3月13日


7・5・3

体にその比率が染みこんいます。

型っていうのがありまして。

畳の上に、新聞紙をひき、

ならべられた花を眺めながら、

花器(かき)にむかって、花を挿す。

真(しん)、副(そえ)、体(たい)。

の比率です。

伝承され続けた、生花(いけばな)の美しい比率です。

20−30代のころは、この型(かた)をずっとやってました。

稽古用の花は、そのように生けやすいものを用意してもらえましたが、
それでも、悪戦苦闘したものです。

型外しっていうのもありまして。

型を覚えた後、

あるとき、

「これからは、自分で花材(かざい)を選んでもってきなさい」

と言われるようになりました。

40代後半の頃でした。

それから、花をみて、
 美しいと思った
 自分の心の動き
 それを、そのまま生ける
ということをやるようになりました。

生花の型は、体に染み付いていましたが、
そうするようになってからは、
型もみるけど、
花を見るようになりました。

その花が一番美しくなるには、
この空間をどう創るか、
というのを、とても意識するようになりました。

ぼくが学んだこと

エンジニアの仕事では、論理・理屈、技術が中心ですよね。

でも、生花(いけばな)という世界でずっと稽古を続けていますと、

「人の心がうごく瞬間」と言いますか、

そういうものにすごく敏感になります。

人の心は理屈ではうごかない。
言葉で繕っているうちはなにも響かない。

たとえば、あの、箱庭のARドローン。
ゴーグルをつけて、目の前にあるドローンを操縦する瞬間に、
「うわっ、すごい」
ってなる。

本当に美しい花というのは、心をつかんではなさい。

ほんとの感動って、言葉から理解するものではなくて、
そういう人間の感性に訴える何かなんだと思います。

箱庭を開発しているときって

じつはぼく、
生花で学んだ「心の動き」を
とても大事にしています。

エンジニアの人にこういう話をしても、
あまり伝わらないので、
これまであまり語りませんでした。

でも、

ぼくが描く資料には、
そういうものをいつも意識して入れているんです。

たぶん、文章の中にも。

箱庭ってなんですか?

と問われると、
いつもぼくは少し困ります。

研究者やエンジニアの人には、

「分散シミュレーションハブです」

と答えるようにしています。

でも、それだけでは説明できないものを
ぼくはずっと抱えています。

まだうまく言葉にできないもの。

言語化して、
技術として見せられるといいなと思っています。

そう思いながら
もう7〜8年やっていると、

次から次へと
 新しい概念や技術が生まれてきている
と最近気づきました。

  • 箱庭PDU
  • 箱庭時刻同期
  • 箱庭コンダクター
  • シミュレーションハブ
  • Runtime Delegation

などなど。(たぶん、まだ尽きません

それはなぜなんだろう、と考えると。

やっぱり
言葉にならない何かがあって、

深いところに流れている水脈から
こぼれ落ちてきたものを

一つひとつ
見つけて
動かされてきた。

そんな気がしています。

芸術とかって、

たぶんそういうものですよね。

今の時代、
AIに変わっていく仕事がたくさんあると聞きますが、

ぼくの中では、
こういう芸術のような
感性が大事なところは、

なかなか難しいだろうなと思います。

人の心の動きは、
完全には言語化できませんから。

こういうモヤを
ぼくはいつも

「モヤモヤ」

と呼んでいます。

スケジュールのところに

「もやもやする」

と書いて埋めます。

そういう時間が
とても大事なんです。

おしまい。


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