今回から、大阪・関西万博出展の舞台裏を支えてくださった方々の物語を、全5回の連載記事としてお届けします。
本シリーズのきっかけは、「大阪・関西万博出展の舞台裏(その3)」にて掲載した、日立産業制御ソリューションズ・牧野様からの寄稿レポートです。そこでは語りきれなかった出来事や想いを、少し構成を変えて、より丁寧に描いていきます。
「箱庭」というプロジェクトは、誰か一人の力では成り立ちません。特に2025年の万博という大舞台に向けては、数え切れない試行錯誤と、多くの協力が積み重ねられてきました。
本シリーズでは、牧野さんという技術者の情熱を起点に、さまざまな壁を乗り越えてきた協力者たちとの軌跡をたどります。その背景には、技術だけでは語りきれない、人と人との“つながり”の物語があります。
催事会場での風景

(JASA OpenEL WGの万博催事)
ロボットの操作に夢中になっている子どもたち。
そのすぐそばで、DITの飯嶋さんが、柔らかな笑顔でそっと見守ってくれていました。
(※写真右:STAFFの腕章をつけて寄り添っているのが飯嶋さんです)
そこには、温かい空気が流れていました。
ロボット操作体験
机の上には、青いコーンと小さなロボット「Raspi Mouse」
会場では、こんな小さなコースが用意されていました。子どもたちは、キーボードやコントローラで操作しながら、コーンの間をうまく通過させようと何度もチャレンジします。
ロボットは、Raspberry Piを搭載した「Raspi Mouse」。
OpenEL の仕組みを使って制御されており、今回の体験会向けに、プログラムでも、コントローラでも動かせるようにセットアップしていただきました。
コマンドを打って、ロボットが「ぴっ」と動くたびに、子どもたちからは「わっ!」「できた!」という声があがりました。
ただ見るだけでなく、“触って動かせる”体験が、そこにはありました。
舞台裏のはじまり
でも――
この“触って動かす体験”は、最初から用意されていたものではありませんでした。
どんなイベントでもそうですが、JASA OpenEL WGとして、どんなデモをやるべきかという課題があったのです。当初候補に挙がっていたのは、アップウィンドテクノロジー社の水上点検ロボット「YURA®」でした。
万博会場には、水辺のステージが用意されていたので、「この水の上をYURAが浮かんで動けば、すごく印象的だ」という期待がありました。
そして、2025/1月下旬、アップウィンドテクノロジーの中村さんと牧野さんは、YURAを走行可能か判断するために、期待を胸に現地視察に向かわれたのです!
こちらが、その視察でみた水辺の写真です。
確かに、ステージ横の水辺は美しく整備されていたのですが…、水深はわずか数センチ程度。YURAを安全に浮かべて走行させるには、物理的にも技術的にもリスクが大きいことが判明したのです。
「これは…難しいですね」
視察に同行していたアップウィンドテクノロジーの中村さんの口から、そっとそう呟かれた瞬間、次の一手を探さざるを得なくなったのです。そして、重い空気が流れました。
視察の帰り道…
万博会場での視察を終え、どこか張りつめた気持ちのまま、TISさんのオフィスに向かって歩いていました。どうしたものか。YURAは無理。展示の方向性も未定。時間は刻々と迫ってくる。
そんな気持ちのまま歩いていたとき、ふと目に飛び込んできたのが、この石碑でした。
TISさんのオフィス近くにあった「国産ビール発祥の地」
「…なんかすごいな、ここから始まったんだ」
そうつぶやいたとき、空気が少しやわらいで、中村さんとの会話が始まりました。そして、牧野さんの頭の中に、ひとつのロボットが浮かびました。数週間前にボツになった、CQ出版の記事案。その中で試していた、ROS2 を使った実装の記憶がよみがえってきました。
――Raspi Mouse。
牧野さん:アールティさんのRaspi MouseでOpenELを実装して動かすのってできます?
中村さん:はい、できます。
牧野さん:Raspi Mouseなら手軽に動かせるし、ROS2 を使えば遠隔操作もできるし良さそうですね。
中村さん:でも、費用はどうしましょうか?予算を積んでないですし…
牧野さん:確かに…JASA事務局に掛け合ってみますか…
中村さん:アールティさんの社長とは知り合いですので、一度掛け合ってみませんか?
牧野さん:まじっすか!!是非是非。
アールティさんとの出会い
2025年2月上旬。
中村さんと牧野さんは秋葉原にあるアールティ社を訪問されました。
目的はただひとつ――Raspi Mouseを、万博展示のためにお借りできないか。
同行いただいた中村さんが、アールティ社の社長・中川さんをご紹介くださり、直接お話をさせていただくことに。
「2025年4月下旬に万博の催事を行います」
「ただ、これはボランティア活動でして、費用的な余裕はないんです…」
「でも、Raspi Mouseはとても扱いやすく、子どもたちにも親しんでもらえると考えていて…」
「ぜひOpenELを題材にしたロボットの普及を目指したいんです」
こちらの熱意を、代表の中川さんはじっくりと聞いてくださいました。
そして、最後に一言。
「いいですよ。貸し出しましょう」
まさに快諾。
その瞬間、胸に積もっていた重みがふっと消えました。
アールティ社の帰り道のひとコマ
その帰り道のことです。
ほっと一息つける居酒屋の店内で、なんとロボットが食事や飲み物を運んでいるではないですか…。
お二人とも技術者目線で、何度もその配膳ロボットを観察され、
少し飲み物がこぼれそうなくらいにユラユラしているのが、どうにも気になって仕方がなかったそうです。
「振動を減らすにはどうすれば…?」「どの部分を直せば改善できる?」
ついつい、会話は技術論ばかりに。
11月の Edge Tech+ では、これを改善できたら面白いですね〜
そう言いながら、ロボットネタは尽きなかったようです。
Raspi Mouse、動き出す
2025年2月下旬。
アールティさんからRaspi Mouseが無事に届きました。
そこから、中村さんによるOpenELを使った制御実装がスタートします。
デモのコンセプトを考える
4月中旬。
中村さんと再び相談し、展示のコンセプトを話し合いました。
「とにかく、子どもたちに“触って”もらえるデモにしたいですよね」
その方針に向けて、中村さんの方で早速、実装作業が進みます。
数日後――
「できましたよ」と届いた連絡に、牧野さんはわくわくしながら動作確認。
ところが、そこに表示されていたのは…
黒い画面に並ぶコマンドたち。
なんと、コマンドライン操作でRaspi Mouseを動かす仕様だったのです。
「ちょっとマニアックすぎません?(笑)」
そう思ったものの、これはこれでおもしろい。
“見せる”のではなく“操作する”展示としては、むしろアリだな。
ということで、この仕様のまま本番へ持ち込むことに決めました。
もう1台のRaspi Mouse、その使い道は…
アールティさんからは2台のRaspi Mouseをお借りしていましたが、中村さんから「1台だけで運用したい」との連絡がありました。
・OpenEL制御には1台のPCが必要
・バッテリーは1時間しか持たない
・予備機(バッテリー交換用)として1台は確保したい
・テーブルスペース的にも、2台常時運用は難しい
なるほど、現場運用を考えれば確かに納得です。
でも…「やっぱり…コントローラで動かせるデモもやった方が、子どもたちは喜ぶよな」
DIT・飯嶋さん、出番です!
牧野さんは、そこで急遽、DITの飯嶋さんに相談しました。
「僕の手持ちのRaspi Mouseで、ゲームコントローラ操作のデモ作ってもらえませんか?」
というのも、飯嶋さんは前年のEdge Tech+(2024年11月)でも同様のデモをされており、実績も信頼もバッチリ。
お忙しい中にもかかわらず、快く対応いただき、
なんとか展示に間に合う形で、2台体制の準備が整いました。
流石、飯嶋さん! 本当に助かりました!!
“協働”というアピールポイント
Raspi Mouseの展示をどう見せるか――
単なる制御デモではなく、何かメッセージを持たせたい。
そこで牧野さんの中で思い出されたものが、以前ロボット開発をしていたときに掲げていた言葉。
「cobot」――
協働ロボット。
人とロボットが、それぞれの得意なことを活かして、共に働く未来。
それは今も、牧野さんの中で大切にされておられるビジョンです。
OpenELを使ってラズパイを動かす。子どもたちがそのロボットに命令を出す。
「人とロボットが協働する」構図が、自然にそこにありました。展示のテーマは、「協働する未来」に決まりました。
万博当日のRaspi Mouseブース
迎えた本番当日。ARドローンやトイドローンのデモには、多くの来場者が集まっていました。その中で、Raspi Mouseの操作体験コーナーにも、ひとり、またひとりと子どもたちが集まりました。
小さなロボットを見て「これ、動かしていいの?」と目を輝かせる子どもたち。
操作を試して、「できた!」と笑顔になる瞬間が何度もありました。
最終的に、20名以上の子どもたちが体験してくれました。
その中の何人かが、未来にロボット開発に携わってくれたら――
そう願わずにはいられません。
謝辞
中村さん、飯嶋さんともに、会社ではとても責任ある立場におられる中、
こちらの無茶な要望にご対応いただき、本当にありがとうございました。
急な依頼にも関わらず、柔軟にご協力くださり、
万博当日も朝早くから夜遅くまで、現場に立ち会っていただけたこと――
心から感謝しております。
あの展示は、お二人の支えがなければ実現できませんでした。
この経験を糧に、ロボット分野の発展と、それを支える“人の協働”の輪を、
今後も広げていきたいと思っています。
中村さん・後日談
催事を終えて間もなく、中村さんからこんなフィードバックがありました。
「お借りしたRaspi Mouseの一台、右前の光センサがちょっとおかしかったんです。出力が他とズレていて、制御が難しかったですね…」
なるほど――
ロボットは個体差が出る。
これは理屈では分かっていたつもりでしたが、実際の運用となると、細かな差が大きな影響を与えることを実感しました。
「箱庭で事前にセンサの個体差まで再現・シミュレーションできたら、より確実なデモ準備ができたかもしれない」
そんなふうに思われたそうです。 技術的な“気づき”と、これからへのヒントが得られた貴重な経験でもありました。
あと、本文中であった黒い画面でのコマンドですが、こちらが、中村さんが作成されたロボット操作コマンドの仕様です。
えぐい!
コメントを残す